未来の価値 第46話


渡されたファイルに目を通しながら、ルルーシュはすっと目を細めた。
そのファイルには何人ものブリタニア人男性の写真が並んでおり、その下には個々のデータも記されていた。全員写真だけでも育ちの良さが解る・・・つまり全員がブリタニアの貴族だった。目の前にいる男は、どうだろうか?と問うような視線を向けてきたので、形式的に目を通した後そのファイルをその男性に差し出した。

「いえ、これはルルーシュ殿下がお持ちになり、じっくりと検討をするようにと」
「お心遣い大変ありがたく思いますが、私は専任騎士を持つつもりはありません。と、伝えてください」

きっぱりと言われた言葉に、その返答を予想していたらしい男は、やはり駄目かと苦笑いの顔でファイルを受け取った。

「そもそも、ユーフェミアの騎士の件でこちらに来ているのでは?どうしてそれが私にも騎士を選べという話に?」

予想はつくがあえて尋ねると、人がお悪いと苦笑しながら説明を始めた。

「実は、ユーフェミア様にこの中より騎士をと姫様・・・コーネリア様に言われてきたのですが、ご存じの通りユーフェミア様は乗り気ではなく、自分よりも年上のルルーシュ殿下にも騎士がいないのだから、自分もまだいらないと言われまして」

ならば先にルルーシュに騎士を選ばせろという命令が下り、こうしてダールトンはルルーシュにコーネリアが選んだ騎士のリストを見せるという流れになったのだ。 妹が可愛いのは解るが、勝手な事をとルルーシュは内心悪態を吐いた。

「年齢でと言う話しならば、シュナイゼル兄上もクロヴィス兄上も騎士はいませんよ」
「それはそうですが」

ダールトンもその辺は解っているのだろう。だがユーフェミアがそう言い、コーネリアが命じた以上、一応ルルーシュにもと、こうして足を運んだのだ。

「それに、私がもし騎士を選ぶとすれば、この中から選ぶことはありません」

それはそうだろうなと、ダールトンは内心同意の言葉をあげた。
この政庁に来て日が浅いダールトンだが、母親を暗殺され、妹を失ったルルーシュが周りを信用していない事は知っていた。護衛として傍にいる純血派でさえ信用していない。そんな人物が、いくら血のつながりのある異母姉の進めとはいえ、見知らぬ他人を騎士になど選ぶはずがない。
選ぶとすれば。

「解っております。ルルーシュ殿下はランスロットのパイロットがおりますので」

ユーフェミアが誰を選ぶかは解らないが、ルルーシュが選ぶのは一人しかいない。
それは、イレブンを選ぶことへの非難でも嘲りでもなく、ただの事実としてダールトンの口から出た物だった。コーネリアは実力主義だが選民意識が強い。だが、ダールトンは完全な実力主義で、ちゃんと期待に応えて働けるものであるならば、血筋も人種もあまり頓着していなかった。
だから色目なしに枢木スザクと言う人物を評価している。
実力はデータを見るだけでも解る。今までこれほどの実力者が眠っていたのかと思わずうなるほどで、特派に所属していなければ引きぬいていたかもしれない。その上警戒心の強い皇子とは幼馴染で、何度も命を救っていて、無条件の信頼を得ている。人当たりもよく穏やかで、見目もいいため、この傾国とも言われている皇子と並んでも遜色がない。
そしてスザクの方はルルーシュの騎士となる覚悟をすでにしていて、あとはルルーシュが頷くだけと言う段階にあることも知っているから、そこに割って入るつもりなど無く、リ家の姉妹の手前”ファイルを見せた”事実だけが欲しくて来ただけだった。

「・・・私は、誰も騎士にするつもりはありません」

失言だったのだろう、誰かを騎士にするそぶりがなかったルルーシュが初めて"選ぶとすれば"と仮定の言葉を口にしたのだ。だから余計に硬い表情でルルーシュは騎士は持たない事は決定事項だと強い口調で言った。
この皇子が騎士を拒絶する理由の一つがその出自である事はダールトンも知っていた。まだマリアンヌが健在だった頃、ヴィ家の兄妹を見下し、下賤の血だと嘲笑う発言をダールトンも嫌と言うほど耳にしていた。その差別の中に親友を、騎士にしたいと思える唯一の人物を巻き込む事を恐れているのだ。

「そのお気持ちが変わる事を切に願っております」

ダールトンは深々と頭を下げると、部屋を辞した。
静かに扉が閉まると、ルルーシュはソファーの背に深くその体を沈みこませ鋭い舌打ちをした。

「まったく、どいつもこいつも、騎士騎士騎士と煩いんだよ!」

スザクもそうだが、事あるごとにルルーシュの騎士の話をする。それだけではなく、共にスザクがいると、皆はもうスザクをルルーシュの専任騎士だという目で見ていて非常に居心地が悪い。周りを固められている気分だと再び舌打ちをした。

「誰が何と言おうと!俺はスザクを騎士にはしないからな!」

あいつと主従関係になる気は無い!
巻き込むつもりも無い!!
誰もいないからと、ルルーシュは普段の苛立ちも込めて大きな声でそう宣言したのだが。

「おやおや、ダールトンに何か言われたのかな?」

本来は独り言で済むはずのその言葉は、勝手に入室してきた兄の耳にしっかりと聞こえてしまった。苦笑しながら室内に足を踏み入れるクロヴィスに、何なんだ、ノックはどうしたんだ、俺の部屋にどうしてみんな許可なく入るんだ、失礼だとは思わないのかと、苛立った心のまま睨みつけると、クロヴィスは怒らせてしまったねと肩をすくめてルルーシュの前のソファーに座った。

「それで、今度は何の用ですか兄さん。随分と暇そうですね」

嫌みをたっぷりこめてあからさまに帰れ、不愉快だという声で言ったのだが、相手はそんな物ではもう怯んではくれなかった。

「おや?折角忙しい中、こうして君に会いに来たというのに、今日はお茶も出してはくれないのかな?」

すっかりこの弟のあしらい方を覚えた腹違いの兄は、にっこりと笑顔で言うものだから、ルルーシュは大きなため息を吐いた後お茶の準備を始めた。

45話
47話